日常と非日常

昨年までの仕事、生活は今は無い。4月から6月にかけて会社を含め、外郭団体の定期総会が毎日のように開催されて、懇親会が続いた。そんな中、今は荒川区内の保育園、小学校、介護施設なども新型コロナの感染が広まっている。マスクの着用が日常になり先に行われたと都知事選挙や隣の北区の都議補選も選挙カーの騒音もなくSNSでの選挙戦となっていた。特に都知事選挙の投票で地元の第七中学校に行き、投票券に名前を記入しようとした時に聞いたことのある名前は5から6人だ。これらの立候補者はテレビで放送されていた人物だけだ。今後の選挙で特に気になるのは立候補者は知名度をどのように拡散していくかが当落に影響が出てくるのでその戦略を間違うと実績も経験も無い立候補者が当選するであろう。今までとはすべてが異なる時代に入った。今日は最高の気温になるという。先週、社員の空調服を購入して配布、酷暑を乗り越えるための安全対策のひとつ。コロナ禍で影響を受ける業界も多い、今は昨年の受注残で忙しい会社も秋から新規受注は厳しくなる。災害も含め非日常という誰もが経験したことのない毎日がずっと続く時代になった。非日常が日常になる日。元という言葉は死語になっていく。今期のスタートは何とか例年通りに進んでいるが仕事は請けて成り立つもの。積極的に営業を拡大していかないと非日常の中で生きていけない。

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