過去を振りかえる

あっという間の平成6年、創業以来他業種にチャレンジしてきた。時代とともに要求される事業も変化している。創業時は東京電力の地中送電ケーブルの保守からスタートして徐々に洞道内の照明設備や換気設備、排水設備の改修工事分野に幅を広げてきた。地中送電ケーブルは当然、マンホールの中にあるため電源は無い。外部より供給すべく専用の電源車が必要になる。トラックに発電機を載せて車体の後ろに工事中という看板を設置するなど専用の改造が必要になる。これも溶接機でアングルを加工しながら組み立てし電源車らしき物が完成した。2tトラックのため発電機の重量が勝り非常に不安定な走行で作業をしていた。今から考えるとよく事故が起きなかったくらいラッキーであった。当時は社員も少なく学生のアルバイトでチームを組み作業していた。当時の協力会の中では新参者で既存の協力会社の手に余る仕事や利益の薄い仕事しか回ってこない状態が続いていた。しかし、来た仕事は絶対に断らないという信念のもと、徐々に面倒を見てやろうかという発注担当者も増えてきた。エリアも千葉、東京、神奈川、埼玉、多摩と小さい仕事の連続で先輩の協力会社が割が合わないという市場を開拓した。顧客の管理職の中で大学の先輩と飲んでいるときにこの業界だけでは一定のシェアの中での仕事となるため事業を拡大するのであれば他業界も開拓しないとだめだというアドバイスがあった。その先輩は長い歴史のある協力会社の新参者としてはいつまでも下でいるしかないという経験則からの意見であった。その意見をまともに聞き、手っ取り早い方法を考えると官公庁の入札が平等ではないかと思い何も知識がなく申し込むと全く資格がないという。それは入札時のランクを取得するために経審で評価され点数をとりそのランクがないと申し込みが出来ないという事実。知らないということは強い。ではチャレンジしようということで申請すると実績がないため一番下のDランクであった。ここからが当時の談合の波をかいくぐるための挑戦が始まった。この後は話は引き続き機会がある時に書き留めていくつもりだ。

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