令和6年仕事納め

平成4年創業だから32回目となる仕事納め。コロナ禍が落ち着きを始めた令和4年、5年は創業以来の収支の悪化であった。原因は公共事業の案件で思いもよらない大幅な支払いが発生したことが大きい。現場担当にしてみれば何とか施工内容を原設計に基づき完工したいがため過剰な人員を投入した結果だ。やはり身の丈に合ったというかコミュニケーションの取り方に問題がある。言われたら何が何でもやるという精神は大事であるが代案をだして会社のためになる知恵出しが必要。令和6年は創業以来、多角化してきた事業の整理のスタート年となった。環境測定事業は法律の改正がありアスベストの環境測定は事前の建材に含まれているかという現実的な測定に変更になりその市場は広がると思えるが人員が足りない。体制が出来ている企業との競争には出足で差が出てしまうので撤退した。その人員は電力関連事業に移動したため会社全体としてはパワーアップとなっている。高齢者の見守りとしてスタートしたネットミルは荒川区の指定商品となり区内での市場獲得率はほぼ独占できるまでに成長してきた。しかし、契約条件として緊急駆けつけ出来ることがが絶対条件のため警備業の資格を取得し、提携警備会社に駆けつけを依頼するという仕組みを作った。残念なことに提携先の警備会社が移転することになり機械警備業の縮小という会社方針によりいきなり事業提携の解消といわれ止む無くネットミル事業も体制の整った警備会社に引き継ぐことになった。社内で24時間体制を作ることも検討したが警備員をあらたに7名程度常勤させなければならず只でさえ募集しても集まらない状況の中での直営化は断念した。一方でネットミルの安全安心事業の一環としてオレオレ詐欺用の録音機の取り付けや街頭防犯カメラの設置も区内の指定会社として地位を築いたので社内人員体制は変わらずに移行している。この数年は山あり谷ありを経験した貴重な年でもあった。

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